目の見えない人の見る世界、他者に対する想像力――『手で見るぼくの世界は』

2019年の八王子で起こった悲しい事件

今回は、目が見えない人がどのように世界を見ているのか、中学生2人の目線を通して描かれた物語を紹介します。

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「点字ブロックの上を歩いていた全盲の児童が歩行者とぶつかり、転倒した。ぶつかった相手の男性は、「目が見えねえのに、ひとりで歩いてんじゃねえよ」と暴言をはいたうえ、児童が携帯していた白杖をほうりなげて、その場から立ち去った。」

プロローグに書かれたこの事件は、 2019年の八王子で実際に起きてしまった悲しい事件をモチーフにしています。道でぶつかっただけで悪意に満ちた言葉を投げつけられ、白杖まで壊されてしまったこの事件は当時、SNSでも大きく取り上げられました。

楽しみにしていた中学校生活なのに

もうすぐ中学生になろうとしていた3月、白杖を使って点字ブロックの上を歩いていたら、些細なトラブルで「目が見えねぇのに、ひとりであるいてんじゃねぇよ!」と、心無い言葉を浴びせられた双葉。人の助けなしに家の外に出ること自体が怖くなって、学校に行けなくなってしまいます。

目の見えないことへの悪意をぶつけられ、「目が見えなかったら、ひとりで外を歩いたらいけないのかな?」と悩みながら、楽しみにしていた中学校への入学、寄宿舎での新しい生活をあきらめてしまいます。

星空も夕焼けも触れないけれど、ちゃんとわかる

双葉の視覚支援学校の同級生であるもう一人の主人公、佑(たすく)は5歳のころの病気がきっかけで目が見えなくなりました。

病気になる前は晴眼者(注1)としてものを見ることができた佑に、「目が見えるってどんな感じ?」と尋ねる双葉。双葉にとっては触らなくても形がわかるのは不思議なこと、そして、星空も夕焼けも触れないけれど、ちゃんとわかると話します。
(※注1)晴眼者――視覚に障がいのない者

事件をきっかけに不登校になってしまった「この世界の先輩」

視覚支援学校で、おたがいにたった一人のクラスメイトとして小学生の6年間を過ごす中で、佑は双葉に、目が見えなくても出来ることがたくさんあることを教えてもらいました。双葉が先に歩いた道が助けになっていた佑にとって双葉は大切な友だちであり、「この世界の先輩」です。

中学校の同級生として仲間も増え、寄宿舎で新しい生活が始まったものの、双葉が例の事件以来、不登校になっていることに心を痛める日々が続いています。

「白杖を持つ訓練」に向き合う心

佑は、中学生になって初めて白杖歩行の訓練を始めることになります。白杖を使うことによって、目の前の障害物や段差の察知だけでなく、音の反響の仕方の変化を聞き取ることで周囲の広さや壁の有無などもわかるといいます。

しかし、視覚を失った人がはじめからうまく白杖を使いこなせるわけがなく、そのためには訓練と、その訓練に向き合う心が必要だといいます。目の見えない人が白杖を持つこと自体への葛藤があるということも、この本で初めて出会う人が多いのではないかと思います。

白状を持っていれば、晴眼者に気づいてもらえる可能性が高いという同級生の言葉に対して、目が見えないことを白杖によって表明しながら歩いている状態が嫌だと思う佑。目が見えないと知られたら嫌な目に会う、一度でもそんな経験をしたら、誰でも街に出るのが怖くなってしまうのではないでしょうか。

長期間かけて行われる白杖の訓練

中学1年生で初めての白杖の訓練となると、歩行訓練士という専門の先生がついて、「行きたい場所に、自分の足で」行けるようにと、年間で35時間ほどの練習があるといいます。

他にも、白杖を一定のリズムで振るだけでも手首がしびれたり筋肉痛になったりすること、正しいフォームを覚えるだけでも10時間くらいかかること、方式が2つあって使い分けていること、など……。

本を読んで初めて知ることばかりです。

作者による丁寧な取材の痕跡

さらに、視覚支援学校の理科の実験室で行われるガスバーナーを使った実験や、双葉が母親に誘われて出かけた「伴歩・伴走クラブ」など、大きなドラマはなくとも、視覚障害者の日々が細かく丁寧に描かれていてこちらが知らない世界を見せてもらっているような気になります。

巻末の謝辞の言葉や参考文献からも、作者の樫崎さんがとても丁寧に取材をしていらっしゃることを感じます。

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一人ひとりの小さな気づきの積み重ねが「居心地の良い社会」を作る

佑は物語の途中で、一緒に中学生活を送る仲間たちに双葉が学校に来られなくなっている事情を打ち明けます。

お互いの心のうちを明かすようになってくると、目が見えないと言う共通点があるだけで(それ自体も弱視であったり、目が見えなくなったきっかけであったり、事情は違います)、それぞれに抱える気持ちは違うことを改めて実感することになります。

街に出る際の葛藤へ、想像力を働かせる

晴眼者側も、目が見えない人、とひとくくりにするのではなく、その人たちが街に出るときにどのような葛藤と戦っているのか、想像力を働かせることが必要だと感じます。

例えば、技術の進歩によって車を含む街の音がどんどん消えていることで、目の見えない人が怖い思いをしていること。悪気はなくとも、忙しさを理由に困っている場面を“見えない”ふりをしたり、歩きスマホで自分の見たい画面しか見ていなかったり……。

自分の知らない世界を知ろうとするきっかけに

一人ひとりの小さな気づきの積み重ねが、どの立場の人にとっても居心地の良い社会を作っていくはずです。子どもたちがこの本を手に取り、これをきっかけに話を聞いてみたり、調べてみたりと、もっと自分の知らない世界を知ろうとしてくれたら嬉しいです。

主人公をはじめとする子どもたちが、それぞれの困難を乗り越えながら前に進んでいく姿に希望を感じ、すがすがしい気持ちになる物語です。ぜひたくさんの人に読まれて欲しいと思います。

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