谷瑞恵『神さまのいうとおり』――読書で世界を広げよう

いろいろな目線で

初回に取り上げるのは、2022年の中学入試で数多くの学校で読解の題材として使われた谷瑞恵『神さまのいうとおり』です。

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言い伝え、風習、おまじないなど非科学的と言われるようなものでも、信じる気持ち、そこに込められている思いが見えると、なるほどと思えます。まだ科学や医療が十分に発達していなかった時代に、うまくいきますように、無事でありますように、と思い願っていた昔の人の知恵の名残が感じられますね。

題名の「神さまのいうとおり」は、“どれにしようかな、てんのかみさまのいうとおり”、と決めごとをするときにつかったあのセリフです。無宗教であっても、神社にお参りにいったり、神頼みをしたりと「神さま」を信じてしまう、そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。

さて、この物語は一章ごとに語り手が交代し、登場人物それぞれの目線からのオムニバス形式で進んでいきます。時系列が多少バラバラなこともありますが、読み進めるうちに自然と一つの出来事を複数の目線でとらえることになります。

子どもたちは本書を読みながらそんなさまざまな視点を通しての疑似体験を何度もするうちに、生活の中で出会う出来事も「自分はこう思うけど、もしかしたらそう思わない人もいるかもしれない」などと思いを馳せられるようになるのではないでしょうか。

心情を追いながら

主人公、友梨の父親は会社を辞めて主夫になり、農業を始めたいと言い出したことで曾祖母の住む田舎に一家で移住します。友梨は思春期真っ只中ということもあり、父親が専業主夫であることを疎ましく思っています。外から見ると問題がなさそうに見えるけれど、それぞれに抱えた思いがあってそれがいつのまにか拗れて絡まってしまって……

そんな中で、ひいおばあちゃんが暮らしの知恵として語る一つひとつが、絡まりをほぐすきっかけとなっていきます。「しゃしゃもしゃや〜」「清水の音羽の滝は〜」などの登場するおまじないの言葉は韻やリズムが良くて、思わず口に出したくなってしまいます。

物語の中盤で出てくるフレーズを一つ紹介します。

 

「糸は絡まるのが自然だという。人と人ともそうなのだろうか。絡まった糸も、ゆったりした気持ちでほぐしていけば、きっとほどける。あせって結び目が固まったり、つい力づくで引っ張ると切れてしまうかもしれないけれど、おまじないがあるから大丈夫だ。」

 

一つの心の拠り所としてのおまじないの言葉、言い伝えによって家族や友人とのわだかまりが少しずつほぐれていくのですが、「絡まり」のエピソードにもギスギスしたところがないため、全体を通してやわらかい読後感を与えてくれます。

冒頭で本書が入試問題の題材になったと申し上げましたが、「第三話 猫を配る」「第四話 絡まりほどける」を主として出題されました。「猫を配る」では弱みを見せられず、自分も周りも好きになれない友梨の弟、拓也の友人目線のお話。「絡まりほどける」は、友梨とクラスメイトとの仲違い、「らしさ」に縛られてしまうもやもやなど、思春期の細やかな心情の機微が描かれています。

心情の動きを読むという目線で注目してほしいのが友梨の、父親に対しての感情です。友人たちの父親と違い、会社に勤めていないことを恥ずかしく思っていたけれど、その思いがどんなことがきっかけで、どうやって変わっていくのか。こんなふうにオムニバスであっても、全体を通して一人の心情の動きを追っていくというのも読書の楽しみ方の一つです。

友梨たちが暮らす祖父母の家は縁側、廊下や納戸のある古き良き日本家屋。少し懐かしい、温かでノスタルジックな物語を楽しんでください。

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