聞こえない音が心を繋ぐ――競技かるた×手話が織りなす4人の静かで熱い物語

競技かるたに魅せられて

近年、漫画や映画をきっかけに競技かるたへの注目が高まってきています。ルールは男女共通で、性別や年齢、体格を超えて同じ土俵で競える点も、多くの人を惹きつける理由です。

競技かるたの題材となるのは、百人一首に収められた和歌。千年以上前に詠まれた言葉が、今もなお「音」として読まれ、選手たちはその音一つ一つを捉え、体を反応させます。

鋭い集中力と一瞬の判断がせめぎ合う「畳の上の格闘技」

畳の上に並べられた札に張りつめた空気。響くのは読み手の声だけ。

競技かるたは、声を荒らげることも、派手なガッツポーズもありません。でも「畳の上の格闘技」と言われることがあるように、その内側では、鋭い集中力と一瞬の判断がせめぎ合うスポーツのような要素があるように感じます。

そんな競技かるたの世界を、小説という形で丁寧に描いた一冊として、『オリオンは静かに詠う』を紹介します。

4人の主人公、それぞれの目線で

物語の舞台は、栃木県宇都宮市。この地に、おひとりさま専用カフェ「アライン」が新たにオープンします。店を切り盛りするのは、競技かるたのA級公認読手であり、手話にも堪能な中田陽子。通称「ママン」です。

そんな「アライン」を偶然訪れたのが、本作の主人公の1人である木花咲季。
聴覚障害を持つ女子高生です。両親も聴覚障害者で、幼いころからろう学校で日常を過ごしてきた咲季にとって、音を前提とする社会の中で自分が活躍する未来が思い描けず、もやもやとする日々を送っていました。

しかしママンは、咲季の優れた記憶力や負けず嫌いな性格にいち早く気づき、聴者中心の競技かるたの大会に誘います。この出会いをきっかけに、咲季は競技かるたの世界へ足を踏み入れることになります。

それぞれ主人公が変わるオムニバス形式の4章構成

本作は4章に分かれた構成になっており、それぞれの章に主人公が据えられるオムニバス形式です。

各章の主人公
  • 第1章『きらきらと』:聴覚障害を持つ「木花咲季」が主人公
    第1章『きらきらと』は、前述の木花咲季が主人公。聴覚障害を持つ彼女と競技かるたとの出会いのエピソード。1話ごとに完結するのではなく、他の章と重なり合いながら進んでいきます。
  • 第2章『ひらひらと』:ろう者の親をもつ聴者の子「日永カナ」が主人公
    第2章『ひらひらと』は、ママンの姪であり、コーダ(ろう者の親をもつ聴者の子)として育った日永カナの視点から語られます。咲季との出会いをきっかけに競技かるたの道へ進み、両親との関係が少しずつ変化していく様子が描かれます。
  • 第3章『さんさんと』:カフェの経営者「ママン」が主人公
    そして第3章『さんさんと』は、「アライン」を営む中田陽子(ママン)を主人公とした章です。彼女がどうして手話ができるようになったのか、競技かるたと手話、そして人と人をつなぐ「場」をつくることへの思いが丁寧に描かれます。
  • 最終章『しんしんと』:ろう学校の担任教師「白田映美」が主人公
    最終章の『しんしんと』は、咲季のろう学校の担任教師であり、試合で手話通訳を務める白田映美の視点の物語です。過去の出来事をきっかけに心を閉ざしていた映美が、咲季の競技かるたへのチャレンジをきっかけにどう変わっていくのかが読みどころです。

異なる目線で、繰り返しなぞられる物語

オムニバス形式で複数の視点から描かれる物語は、最近となっては決して珍しくないものです。しかし、本作の特徴かつ構成の魅力は、ほぼ同じシーンを、異なる人物の目線で繰り返しなぞる点にあります。

同じ出来事なのに、意味は一つではない

ある場面で何気なく発せられた言葉が、その場にいる誰かにとっては救いになり、また別の誰かが動き出すきっかけになることがあります。

同じ出来事なのに、意味は一つではない。読み進めるほどに、「あの場面は、そういうことだったのか」と新しい気づきが次々と現れ、物語が立体的に浮かび上がってきます。

同じ出来事でも、受け止め方は人によって違う。言葉のやり取りがそこになくとも、人の心は大きく動いている。

一つの場面が、章ごとに別の人物の視点で語られることで、「あのとき、あの人はこんなふうに感じていたのか」と、まるで種明かしをされるような感覚があります。

「人の心は、表に出ている言葉だけでできているわけではない」ことを感覚的に理解する

国語の読解問題において気持ちの読み取りが難しいという子どもたちが、こういった本に触れることで、「人の心は、表に出ている言葉だけでできているわけではない」ということを感覚的に知ってほしいなと思っています。今年度の中学入試でも、早速難関校での出題が複数あり、私立中の先生方の目にも留まったようです。

競技かるたという、静かで熱い世界を通して描かれる人の心の重なり。国語が苦手だと感じている子にも、ぜひ一度手に取ってみてほしい一冊です。

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