初めて「うらじゃ」を踊る夏――天川栄人『おにのまつり』

祭りの夏、岡山の「うらじゃ」祭り

梅雨明けが待ち遠しい今日この頃、梅雨が明けると本格的な夏がやってきます。日本の夏の風物詩の1つに祭りがあります。岡山で毎年8月に行われる「うらじゃ」というお祭りをご存知でしょうか。

岡山の吉備地方には、古くから伝わる「温羅伝説」というものがあり、それが現在の桃太郎伝説のもとになったといわれています。「温羅」という鬼の魂を天上に還すために、温羅化粧といわれる鬼に扮する独特のフェイスペイント、威勢のいい掛け声と共に、群舞をしながら岡山の街を練り歩きます。

今回のお話は作者の天川さんのご出身の岡山が舞台となっています。初めてうらじゃを踊ることになった中学生たちの、4か月の熱く、優しい物語です。

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5人それぞれの4か月

中学校の中で、成績や評価に問題のある生徒の救済措置のため作られたうらじゃプロジェクト。たまたまうらじゃを踊ったことがあるというだけで、プロジェクトに入れられてしまった由良あさひは、普段の学校生活では関わることのなかった“問題児”ばかりの4人の同級生と出会います。

もともと積極的にうらじゃに参加したかったわけではない5人ですから、初めから気持ちがまとまるわけもないのですが、うらじゃ祭りに込められた意味を調べたり、みんなで鬼ヶ島に出かけたりと、本番に向けて共に時間を過ごすうちに少しずつ距離が縮まっていきます。

全員が主役のように感じられる描かれ方

あさひの目線の章から始まり、それぞれのメンバーに焦点が当てられ、最後にもう一度あさひの章、というように全員が主役のように感じられる描き方がされています。

大人になる上での苛立ちや、思うようにいかなくてもがく姿は、大人であれば温かく見守りたくなりますし、同年代の子供たちが読めば、感情を重ねて一喜一憂しながら読めるのではないでしょうか。

心の中の鬼と向き合うこと

「誰の心の中にだって、鬼がいる。」

これは表紙裏に書かれている言葉なのですが、タイトルにもある鬼という言葉にどんな印象を抱くでしょうか。桃太郎のお話の中にも鬼退治という言葉があるように、鬼というと、悪者、怖いものというイメージが強いですよね。誰でも心に鬼がいるという言葉に、自分の中の鬼はなんだろうと考えてしまいます。

お話が進むごとに、一人ひとりが自分の中に抱えている思いや葛藤、苦しさに向き合っていくのですが、その抱えている思いこそ心の中の鬼の部分。そして心の中の鬼を認めることは、どうにもならない現実から逃げずに、迷ったり、悩んだりすること。怒りや悲しみのような負の感情や心の中の弱さや醜さを認めることはとても勇気がいります。

あさひは、半年前に事故で兄を亡くしているのですが、悲しみ落ち込む母を前に「私はシャッキリしとかないと」「私は、大丈夫だ」と、心に蓋をして平気なふりをしてしまいます。それでも、兄が大好きだったうらじゃを踊るたびに、見ないふりをしてきた感情がどんどん膨らみ……仲間たちと心ひとつにして迎えたうらじゃ祭り当日、あさひはついに自分の心と向き合うことになります。

祭りの熱気を感じて

本の表紙に描かれているのは力強くうらじゃを踊る5人の姿。
青空に赤い衣装が映えてとても鮮やかです。

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クライマックスのうらじゃ総踊りのシーンは、祭り独特の興奮と、熱気をはらんだ夏の空気がこちらまで伝わってくるようです。感情をさらけ出して踊る刹那的な時間、濃い時間を一緒に過ごしたからこそのつながり、すべてが尊いなと感じます。最後の章は、あさひに感情を乗せながら祭りの空気にどっぷりと浸ってほしいと思います。

第28回うらじゃ 2023

岡山市では、昨年2年ぶりにうらじゃ祭りが開催され、今年も8月に予定されているようです。こちらを読んで興味を持たれた方は、ぜひ時間が許せば本物に触れてみてほしいなと思います。本の中の5人が活き活きと踊っている姿が目に浮かぶのではないでしょうか。
▼うらじゃ公式ウェブサイト

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