夏空ひろがるこの季節に読んでほしい一冊――額賀澪『風に恋う』

受験頻出作家、額賀澪さんの音楽×部活小説

額賀澪さんの『風に恋う』は、青春を「音楽」に捧げた若者たちのまぶしい時間を描いた物語です。2018年の刊行後、全国の高校入試で次々と国語の問題文に採用され話題となり、今では受験頻出小説としても知られるようになりました。

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額賀澪さんは、『タスキメシ』や『屋上のウインドノーツ』など、これまでもスポーツや音楽を通して青春の葛藤と輝きを描いてきた作家です。そのどの作品にも共通して流れているのは、若者たちのまっすぐさに寄り添う気持ち。本作はそうした作品の中でも、とりわけ純度の高い一冊のように感じます。

額賀さんの作品としては、以前こちらのコラムで『ラベンダーとソプラノ』を紹介したことがありますが、こちらは『風と恋う』で書いたことを、小学生たちにも届けたいという思いがあったそうです。もし本作が気に入ったらぜひ続けて手に取ってみてくださいね。

夏の青春! 部活に打ち込む高校生たち

舞台は、全国大会を目指す吹奏楽部を擁するかつての吹奏楽強豪の千間学院高校(千学)。主人公のもときは千学に入学するものの、中学の吹奏楽部において目標だった全日本の大会に届かなかったことで、もう吹奏楽からは離れる決意をします。

そんな基が9歳のときに彼の心をつき動かし、吹奏楽へ向かわせたのは、動画サイトで見た千学の学生コンクールの演奏。その千学の吹奏楽部で今の基と同じアルトサックスを演奏していたのが、もう一人の主人公である瑛太郎です。

視点人物が切り替わるたびに過去と現在を行き来する感覚

大学を卒業したものの、定職につかずに過ごしていた瑛太郎は母校のコーチとして、生徒たちを導くために自分がいた場所に戻ることとなります。年齢にすれば10も離れていない二人ですが、それぞれの立場から「音楽」と向き合う姿が、物語のなかで交互に描かれていきます。

視点人物が切り替わるたびに高校生だった頃の自分と、今の大人としての自分のあいだを行き来するような感覚に包まれます。

青春の眩しさと少しの苦み

基は、吹奏楽と学業の両立、親からの期待や不安といった、現代の子どもたちが直面する現実とも向き合います。何かに夢中になれと言われる一方で、「そればかりに打ち込んでいてはいけない」とも言われる。その葛藤に、心当たりのある方は少なくないのではと思います。
基のもがきは、かつて抱えていた思春期特有の焦燥や、自分の限界と向き合った記憶を呼び起こしてくれますし、子どもたちにとっては現在進行形の青春の指南書になるかもしれません。

次の世代に夢を託すような、静かな祈り

特に印象に残るのは、瑛太郎が在学中に吹奏楽部のドキュメンタリーの密着取材をしていた記者の一言。「眩しい……眩しすぎる~」 ――これは、誰もが一度は感じたことのある、まっすぐな青春へのまなざしそのものではないでしょうか。

その記者から「大人になったらわかるよ」という言葉を受け取った瑛太郎が「大人」になり、昔自分がいた場所にいる基に向けられる瑛太郎のまなざしは、かつて夢中になっていた自分を思い出しながら、次の世代に夢を託すような、静かな祈りにも見えます。

コンクールに出場することに命を賭けていた自分に何ができるのか、何がしたいのか、あの時間が自分に何を与えたのか、と模索しながら、瑛太郎は、部活だけに懸けた自分の学生生活を、「少し後悔している」と基たちに打ち明けます。夢中になって打ち込んだ青春をほろ苦く語らせることで、ただの青春賛歌にとどまらせない深みを感じました。

応援の気持ちを受け止めて

もう一つ、この物語の中で軸となる気持ちだと感じたのは、「誰かにまっすぐに応援されることの嬉しさ」です。基、瑛太郎、幼馴染の玲於奈、姉の里央……それぞれが、それぞれの思いを抱えながら一生懸命です。誰か一人でも、自分のことを信じて応援してくれることがどれほど救いになるか、ところどころに散りばめられた背中を押してくれる言葉にこちらも励まされます。

脇目もふらずに打ち込んだ時間は尊い

今後、大人になった基がこの高校時代をどんな風に思い出すかはわかりません。瑛太郎のようにもしかしたら少し後悔するようなこともあるかもしれません。でも人生の最後に今日のことを思い出したいと思えるほど、そして「音楽の神様に会いたい」と、脇目もふらずに打ち込んだ時間はやはり尊いものと感じます。

読了後に胸に残るのは、じんわりと広がる極上の読後感とすがすがしさ。夏空ひろがるこの季節に読んでほしい一冊です。

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