同じ時代を生きる子どもたちへの応援歌――歌代朔『スクラッチ』

コロナ禍での子どもたち

2020年の2月終わりに新型コロナウイルスによる最初の非常事態宣言がされてから、丸3年が経ちました。今年の受験生はちょうどそのころに4年生で、中学受験の山場となる時期をほぼ全部コロナ禍の中で過ごすことになった学年でした。

受験に限らず、コロナ禍が子どもたちに与えた影響は計り知れません。いつまで続くかわからない休校にはじまり、卒業式や入学式など、予定していた行事やイベントはことごとく中止になりました。マスクの着用義務の中での新学年スタートで、クラスメイトの素顔がわからないままの1年だったという話も聞きました。

今回はそんなコロナ禍における子どもたちを描いた小説を紹介します。作者の歌代さんは、愛媛県の小中学校にて子どもたちの学校生活に関わりながら作品を書き続けていらっしゃいます。主人公たちの一人称で進む、臨場感あふれるテンポの良い筆致は、いつも子どもたちのそばにいるからこそのものかなと感じました。

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ぶつけ先のない思いを抱えて

舞台は、日本がコロナ禍で迎えた初めての夏。主人公の千暁(かずあき)と鈴音はそれぞれ美術部の部長、バレー部のキャプテンとして部活に打ち込む中学3年生です。千暁は成績優秀でいつも冷静、鈴音は熱血で猪突猛進というように正反対の2人ですが、千暁が生まれ育った場所を離れ、小4でこの土地にきてからというもの、幼馴染として仲良く過ごしています。

次々と奪われていく青春

中学生最後の夏と言えば、部活に遊びにと休みを満喫し、青春真只中というイメージがありますが、夏を前にして、コロナを理由に千暁が毎年入賞を目指していた美術展の審査はなくなり、バレー部の鈴音にとっては、「中学生活の中で一番大事なイベント」である総体が中止となってしまいます。

学校生活では、春の休校で1学期の範囲が終わっていないために夏休みは縮小、楽しみにしていた地域の夏祭りももちろん中止です。もう決まったこと、仕方がないこととわかっていても、向かう先のなくなったエネルギーをどこに向けたらいいのかとやりきれない思いを抱える主人公たち。

一度きりの学生生活、取り戻せない時間をなんとかしたいともがく様子に思わず感情移入してしまいます。

「スクラッチ」で削り出す本当の気持ち


題名の『スクラッチ』とは、本の中でもキーワードになる、絵画の「スクラッチ手法」のことです。下塗りした絵の上に異なる色を塗り重ね、上の色をひっかいて削ることで、下に塗った色を出して描いていきます。

千暁は、鈴音の不注意で描きかけの絵を汚されたことをきっかけに、あざやかな色で描かれていた上から「黒」で塗りつぶします。そこには汚されたことへの悲しさはなく、今まで使ったことのなかった黒で絵を塗ることで、むしろ心が落ち着いていくのを感じます。

小4の引っ越しのきっかけとなった出来事以降、きれいな絵、そして母親が喜ぶ絵ばかりを描いてきたことを振り返りながら、自分の気持ちと向き合うことができた瞬間です。そして、スクラッチ技法で黒を削り出し、あざやかな色彩がもう一度細く顔を見せたときに千暁の次の挑戦が始まります。

絵から感じられる作者の思い

本作は、黄色い背景に勢いのあるタッチで描かれた登場人物たちの表紙絵が目を引きますが、ぜひカバーをとって、カバーに描かれた絵と本体に描かれた絵を見比べてみてください。作者が込めた思いをこんなところからも感じることができます。

同じ時代を生きる子どもたちへの応援歌


一方の鈴音は、「いろいろな「できない」「中止」「あきらめろ」で生まれた怨念を浄化させろ!」と、介護施設での小さな夏祭りにひと夏をかけます。

「私は今を突っ走るんだ。 ただもうがむしゃらに。」

人と関わり合うことで変わっていく自分を見つめ、変わらないことも強さだと気付くという経験を経て、自分の意思で進路を決めたときの鈴音の言葉です。学校の先生や、周りの大人たちにも助けられながら、コロナ禍という逆境から逃げずに、一生懸命進路や将来を模索する姿に励まされます。

想いを代弁してくれる勢いのある言葉たち、そして黒いキャンバスから削り出されるたくさんの色彩は、主人公たちと同じ時代を生きる子どもたちにとって、希望を感じる応援歌になるのではと期待します。

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