理科の目で見てみよう② 落語から「不定時法」を学ぼう

古典落語の演目として人気の高い「(とき)そば」をご存知ですか?

江戸時代の屋台そばを舞台にしたユーモアたっぷりの()(ばなし)で,時刻を聞くふりをして代金をごまかす男Aと,それを真似して失敗する男Bが登場します。

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ある冬の日の夜,男Aが屋台そば(あたり屋)の主人を呼び止め,そばを注文します。

すると,男Aは屋台の(かん)(ばん)や割り(ばし)を,さらには食べながらそば,(しる),具,器をひたすら()めまくるのです。

その後,そばを食べ終わったときのこと。 そして,主人の手のひらに1文を1枚ずつ数えながら乗せていきます。

そう言って,男Aは足早に店を後にしました。

この一部始終を陰で見ていた男B(()()(ろう))は,男Aがそばの代金を1文ごまかしていたことに気づき,自分も真似してみようと考えます。

次の日の夜,男Bは待ちきれずに昨日より少し早めに出かけ,屋台そばを探しました。

昨日とは違うそば屋(はずれ屋)を見つけ,男Aの真似をしようと試みますが,箸は誰かが使ったもの,器も(きたな)く,そばや汁もおいしくない…何ひとつ褒めるところがありません。

仕方なく,そばをあきらめて支払いをすることに。

そして,男Aと同じ方法で主人の手のひらに1文銭を1枚ずつ数えながら乗せていきます。

男Bはまずいそばを食べさせられた上に4文も損をしてしまいました

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何とも間抜けな男Bですが,どうして失敗してしまったのでしょうか。

不定時法のしくみ

現在では1日を24等分にしたものを1時間とする定時法が用いられていますが,江戸時代の日本では日の出と日の入りの時刻を基にして,昼と夜をそれぞれ6等分する不定時法が用いられていました。

この不定時法は,日の出の30分前を明け六つ,日の入りの30分後を(く)れ六つと呼び,明け六つから暮れ六つまでをとし,それを6等分して昼の一刻(いっとき)とします。同じように暮れ六つから明け六つまでをとし,それを6等分して夜の一刻とします。つまり,1日の中でも昼と夜の一刻の長さは異なり,季節によっても一刻の長さは変化します。

図1のように,不定時法の時刻は明け六つに続き,昼は五つ→四つ→九つ→八つ→七つと進みます。その後,暮れ六つに続き,夜は五つ→四つ→九つ→八つ→七つと進み,翌日の明け六つを迎えます。

実はみなさんが大好きなおやつは「昼の八つ」に食べることからその名がついたのです。

※入試では日の出の時刻を明け六つ,日の入りの時刻を暮れ六つとする問題もありますので注意してください。

例:ある年の埼玉の夏至

例として,埼玉のある年の夏至について考えてみましょう。(図2参照)

※夏至…6月21日ごろ

なので,不定時法における昼は

19時31分-3時55分=15時間36分

となります。

夜の長さは本来であれば翌日の明け六つまでですが,

24時間-15時間36分=8時間24分

とすると,

と求めることができました。

1年でもっとも昼が長い時期になると,昼の一刻が夜の一刻の約2倍になるのです。

男Bの悪だくみはなぜ失敗した?

さて,「時そば」に話を戻しましょう。はなしの冒頭にある冬の日の夜とありますので,東京のある年の冬至を例に考えてみましょう。(図3参照)

冬至…12月22日ごろ

なので,不定時法における昼は

17時02分-6時17分=10時間45分

となります。

夜の長さは本来であれば翌日の明け六つまでですが,

24時間-10時間45分=13時間15分

とすると,

と求めることができました。

ここまでの情報と「時そば」の内容をまとめると以下の図4のようになります。

もうお気づきかもしれませんが,不定時法では九つのひとつ前が四つです。

噺の中にもある通り,男Bは「待ちきれずに昨日より少し早めに出かけ…」とありますので,夜の九つ(23時40分~25時52分頃)のつもりで支払いをしたところ,夜の四つ(21時27分~23時40分頃)だったために4文も損をしてしまったのです。

「時の鐘」は江戸時代の時報

江戸時代に機械式の時計(和時計)を持っていたのは身分の高い人々だけでした。

一方,時計を持たない(しょ)(みん)たちは,江戸城を囲むように位置しているお寺や町中の鐘(はじめは9か所)によって時刻を知ることができました。これを「時の鐘」といい,最初に人々の注意を引くための“捨て鐘”を3回打った後に,刻の数(たとえば明け六つならば6回)だけ鐘を打って知らせていました。

※寛永寺(台東区上野)にある鐘は,現在も正午と朝夕6時の計3回,毎日時を告げているそうです。

男B(与太郎)も「時の鐘」をちゃんと聞いていれば,男Aと同じようにそば代をごまかすことができただろうに…じゃなかったですね。お金はごまかさずにきちんと払いましょうね。

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