
麻布中の国語では、長年にわたり、一つの物語をじっくり読ませ、記述を重ねながら作品全体への理解を深める問題が出題されています。なかでも安東みきえさんの作品は、2008年度と2019年度の二度にわたって登場しました。本記事では、『夕暮れのマグノリア』『天のシーソー』を中心に、麻布中が選んできた物語の魅力と、過去問から読書を広げる楽しさを紹介します。
一編の物語をじっくり読ませる麻布中の国語
物語全体を読み解く、記述中心の出題
麻布中の国語は、以前から好きな入試問題の一つです。毎年、物語文一題。10,000字近いこともある長文であることが話題になることもありますが、印象に残るのは文字数よりも、一つの作品をまとまった長さで読ませようという姿勢です。
場面だけを切り取るのではなく、起承転結をたどりながら物語全体を味わうことができる。設問も、出来事や人物関係を確認するところから始まり、少しずつ登場人物の心情や行動の意味へと読みを深め、最後には作品全体を見渡す問いへとつながっていきます。
設問はほとんどが記述形式で、制限時間は60分。解き終えたときに「一編の物語を読み切った」という読後感が残るのは、その構成のおかげなのかもしれません。
自分とは異なる他者を想像する
主人公にも特徴があります。女子高校生や大学生、大人、ときには動物。小学六年生の男子とは少し距離のある人物が続きます。だからこそ、自分とは違う立場の人がどんな景色を見て、どんな思いを抱くのかを想像しながら読む力が自然と求められます。
入試問題には受験生へ届けたいメッセージが表れている
入試問題には、その学校が受験生へ届けたいメッセージが表れていると言われます。自由な校風で知られる麻布中ですが、選ばれ続けてきた物語を見ると、その根底には自分と異なる他者を理解しようとする姿勢が大切にされているように感じます。
以前このコラムでは、2017年度入試で出題された『ロバのサイン会』をご紹介しました。今回は少し視点を変えて、二度にわたって麻布中で出題された安東みきえさんの作品から、この学校が選んできた物語の魅力をたどってみたいと思います。
▼『ロバのサイン会』を紹介した記事はこちらから
麻布中が二度選んだ安東みきえ作品
11年を隔てて選ばれた二つの物語
毎年たくさんの本が発刊される中で、同じ作家が同じ学校の入試問題で複数回出題されることはそれほど多くありません。その中で、安東みきえさんの文章は、2008年度と2019年度の二度にわたって作品が選ばれています。2008年度は『夕暮れのマグノリア』に収録された「循環バス」。そして2019年度は野間児童文芸賞を受賞した『天のシーソー』に収録された「明日への改札」です。

安東みきえさんは、児童文学を代表する作家の一人として知られています。どの作品も読者にテーマを押し付けることなく、心の揺れをたどるような筆致に引き込まれます。誰かを理解するということを急がない心地よさがあるようにも思います。
『夕暮れのマグノリア』と『天のシーソー』に流れるもの
今回取り上げた二作は、それぞれ中学生、小学生の女の子が主人公の連作短編集で、どちらも劇的な出来事が続く物語ではありません。けれど、感受性の強いこの時期の少女たちの日常は、読み進めるほどに登場人物の見え方が少しずつ変わっていきます。
最初はさらりと書かれているように見えた言葉や行動も、物語の終盤では違った意味を持って見えてくる。その変化がとても自然で、読み終えたあともしばらく余韻が残ります。
麻布中が11年という時を隔てて再び安東さんの作品を選んだ理由は、もちろん学校にしか分かりませんが、読み終えた後の静かな余韻が学校の目に留まった理由なのではないかと想像したくなります。
初めて読むなら『夕暮れのマグノリア』から
初めて読む方には、まず『夕暮れのマグノリア』をおすすめします。そして『天のシーソー』へ。二冊を続けて読むと、安東さんが一貫して描いている世界がより深く味わえるように思います。
良質な入試問題から広げる読書
もちろん、麻布中が選んできた物語の魅力は、安東みきえさんだけに表れるものではありません。
動物や異質な存在を通して人間社会を見る
以前ご紹介した『ロバのサイン会』(吉野万理子作)は、鹿を主人公にした印象的な一冊でした。
動物を主人公にしながら、人間社会を映し出す視点は、2010年度出題の『木登り牛』(薄井ゆうじ作)や、2021年度に出題された『河川敷のガゼル』(津村紀久子作)にも通じるものがあります。人間ではない存在だからこそ見えてくる景色に、思わず考えさせられます。
▼2010年度出題の「木登り牛」は薄井ゆうじの短編小説集『十二支の童話』に、2021年度出題の「河川敷のガゼル」は津村記久子の短編集『サキの忘れ物』に収録されています。
まず大人に読んでほしい、重みのある二作
また、次の2冊はまず大人に読んでいただきたい、少し重みのある作品たちです。
2011年度の『あくる朝の蝉』(井上ひさし作)は、戦争孤児の兄弟が主人公の短編です。祖母に引き取ってもらえないかと生まれ故郷の町へ訪ねて行くのですが、その後武蔵中でも同じ箇所が出題されました。学校が違っても、子どもたちに読んでほしいと思う作品には、どこか共通する魅力があるのかもしれません。
2013年度の『竜宮』(森絵都作)の主人公は、タウン誌のライターとして働く大人の女性。日常の中にある小さな出来事を通して、人との関わりや時間の積み重ねを描く物語で、読み終えたあとに静かな温かさが残ります。
過去問を解いたあとこそ、一冊を読んでみる
過去問は、「解いたら終わり」になりがちですが、気になった作品を一冊丸ごと読んでみると、入試問題では気づかなかった作者の思いや、その物語が持つ奥行きに出会えることがあります。
麻布中が選んできた物語は、受験勉強の教材である前に、一人の読者として出会ってほしい本ばかりです。この夏、気になる一冊があれば、ぜひページをめくってみてください。
▼麻布中学校の過去の入試傾向と対策はこちらから

















